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横浜地方裁判所 昭和51年(ワ)92号 判決 1977年3月24日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 稲生義隆

同 川又昭

被告 甲野花子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一原告の求めた裁判

(一)  被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五一年一二月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二原告主張の請求原因

(一)  原告は、昭和五〇年四月二四日、横浜金沢郵便局において、金二〇〇万円を、番号を四〇二九〇四―一七三〇九七とする定額郵便貯金(以下、第一の貯金という。)とした。

(二)  被告は、昭和五〇年一〇月八日、原告に無断で原告の実印を使用し、第一の貯金を解約のうえ全額払戻しを受けた。

(三)  被告は、右同日、横浜金沢郵便局において、右払戻しを受けた金二〇〇万円をもって、新たに別紙目録一及び二記載の被告名義の郵便貯金(以下、順次第二及び第三の貯金という。)並びに原告名義の金五〇万円の番号を四〇二五三六―八〇一六一二とする定額郵便貯金(以下、第四の貯金という。)とし、同年同月一七日、第二及び第四の各貯金の証書並びに第三の貯金の通帳を所持して行方不明となった。

(四)  被告は、その後、原告に対し、第四の貯金の証書を送り返した。

(五)  従って、第一の貯金は原告に帰属したところ、原告は、右(二)及び(三)の被告の一連の違法な行為により、第一の貯金を失うこととなったが、原告の蒙った損害は、第一の貯金の金二〇〇万円から、右返還を受けた第四の貯金の金五〇万円を控除した金一五〇万円となる。

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金一五〇万円及びこれに対する右不法行為の後であり、かつ、本件訴状副本が被告に送達された翌日である昭和五一年一二月一九日から完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告の欠席

被告は、公示送達による呼出しを受けたのに、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第四原告提出及び援用の証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によれば、請求原因(一)ないし(四)の事実をすべて認めることができる。右認定に反する証拠はない。

二  右一に認定の請求原因(一)の事実に照らせば、特段の事情のない限り、第一の貯金はその名義人である原告に帰属したというべきである。

三  しかし、《証拠省略》によれば、原告と被告とが、昭和四九年一二月三日婚姻の届出をした夫婦であり、それ以前の昭和四七年一〇月ころから被告の前夫との長女である春子と共に同棲し、原告が、右婚姻届出の後の昭和四九年一二月五日、春子の親権者である被告を代諾者として春子と養子縁組の届出をし、原告と被告とが、共に土建関係の寮に住み込んで稼働し、原告の収入はすべて被告に交付し、被告が二人の収入を管理し、その合算分から家計のために支出した残余を昭和四七年ころから家屋建設その他将来の生活設計のために預金し、これを順次まとめていったのが第一の貯金であり、そのほかに金一〇〇万円の同様の原告名義の預金(以下、第五の貯金という。)があった事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。右事実に照らせば、第一及び第五の各貯金は、いずれも、原、被告の婚姻中に、原告の名義で、第一の貯金については国を、第五の貯金についてはその受入れ先をそれぞれ債務者として取得した預金債権であって、民法七六二条一項により、原告の特有財産となるとしても、右各預金債権の取得のために各受入れ先に預け入れた現金又はこれに代るべき有価証券は、原、被告のいずれに属するか明らかでなく、被告が離婚に伴ない財産分与を受けるまでもなく、同法同条二項により原、被告の共有に属したものと推定されることになる。

四  原告本人尋問の結果中には、原告と被告との収入の差が著しかったこと、原告が第三者として被告と春子(但し、《証拠省略》によれば、昭和五〇年四月一五日名をはること変更する旨原、被告が届出た事実を認めることができる。)の生活費を出捐する関係にあったこと及び第一及び第五の各貯金が原告自身の将来の生活設計のためになされたものであることを趣旨とする部分がある。しかし、右収入の差の点のみでは前記推認を覆えすに足りない。さらに、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)によれば、被告が第一の貯金を引出した昭和五〇年一〇月八日以前には、多少の波瀾はあったものの、原、被告間の婚姻関係が破綻して夫婦の実体を備えないものとなっていたような事実はなく、原告と被告とが実体を伴った夫婦であった事実を認めることができるから、右事実に照らせば、原告本人尋問の結果中右生活費出捐に関する部分及び右預金の目的に関する部分はいずれも採用できない。他に、右四の推定を覆えすに足りる証拠はない。

五  そうすると、第一及び第五の各貯金の預金債権の取得のために各受入れ先に預け入れた合計金三〇〇万円(以下、本件金三〇〇万円という。)は、原告と被告との共有に属し、その各持分は、民法二五〇条により各二分の一であったと推定されることになる。このような場合には、この持分はその財産の取得に対する寄与の割合によって定まると解されるところ、寄与は稼働により収入を得ることに限られず、家事及び育児等も含まれると解すべきであるから、原告本人尋問の結果中原、被告の収入の差に関する部分のみでは、右推定を覆えすに足りない。他に右推定を覆えすに足りる証拠はない。なお、附言すれば、春子は右三に認定のとおり昭和四九年一二月五日以後は原告の養子であり、又、右三に認定の事実に照らせば、それ以前においても、原告と被告が事実上の夫婦であったのと同様、春子は原告の事実上の養子であった事実を推認することができるから、右育児には春子の育児が含まれる。以上の点に鑑みれば、原告は、第一及び第五の各貯金の預金債権を原告の特有財産として取得したとしても、被告との関係では、これにより、本件金三〇〇万円中被告の二分の一の持分を原告の名において管理するに至ったに過ぎず、さらに、貯金は利殖等のほか金銭の保管の方法としてなされるものであり、本件においては右三に認定のとおりまさにこの方法としてなされたものであり、金銭は没個性的なものであって、預金債権も又個性的色彩の乏しいものであるから、第三者との関係においてはともかく、原、被告間においては、本件金三〇〇万円が右預金債権にいわば変形しているというべきであって、被告は、右預金債権についても、原告に対し、準共有者として二分の一の持分を主張しうる筋合であるといわざるをえない。

六  《証拠省略》によれば、被告が、原告に対し、右一に認定の請求原因(四)の第四の貯金のほか、第五の貯金についても、これを一時自己の支配下に置いた後、原告に送り返した事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

七  以上認定の事実に照らせば、被告は、第一の貯金につき払戻しを受けてこれを第二ないし第四の各貯金に分散し、第四及び第五の各貯金を原告に送り返すことにより、右五に説示の原告への管理の委託を撤回し、本件金三〇〇万円につき、原、被告の各持分に応じて各金一五〇万円にこれを二分し、その内の原告の持分に応じた金一五〇万円について、これに対応する第四及び第五の貯金を原告の支配に委ね、その内の被告の持分に応じた金一五〇万円について、これに対応する第二の貯金の証書及び第三の貯金の通帳を所持して行方不明になったというべきである。右のようにいうと、金銭と預金債権の異同が不明確になるが、右五に説示の預金債権の性格に鑑みれば、本件においては、特に原、被告間においては、これを同一視して全体として観察して差支えない。又、本件金三〇〇万円と第一及び第五の各貯金との対応関係並びに原、被告の各持分と第二ないし第五の各貯金との対応関係については、これを認定すべき資料はないが、右五に説示の預金債権の性格に鑑みれば、現実の支配関係から右のとおりの対応関係を推認することができる。さらに、共有に属する金銭及び準共有に属する預金債権については、その性質上、特段の事情のない限り、各共有者は分割方法につき何の利益も持たず、分割の請求により直ちに持分に応じて分割することが可能であり、本件においては、右の特段の事情については主張・立証がない。そうすると、原告は、本件金三〇〇万円につき、被告の右分割方法自体につき異議を述べるべき何の利益も持たず、原告の持分に応じた金一五〇万円を第二及び第三の貯金として現に支配しているから、原告が国に対して有していた第一の貯金の金二〇〇万円の預金債権を被告により侵害されたとしても、被告の右各行為により原告に生じた損害は、本件金三〇〇万円につき原告の承諾なく分割が実行されたこと及び被告の持分につき原告の行使していた管理が原告の承諾なく挫折させられたことから生じるものに尽きることになる。しかし、このような損害の発生については、何の主張・立証もない。原告本人尋問の結果中には、妻としての被告が夫としての原告に対して行った背信行為に関する部分があるが、このような行為により原告の蒙った損害が右の損害に含まれないことは論ずるまでもない。

八  そうすると、結局、右一に認定の被告の行為により原告に何らかの損害が生じたことを認定するに至らず、原告の本訴請求は失当といわざるをえない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 江田五月)

<以下省略>

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